脊髄空洞症とは
脊髄空洞症(せきずいくうどうしょう)とは、脊髄(せきずい)の内部に「空洞(くうどう)」と呼ばれる液体のたまりができる疾患です。
脊髄は脳から全身へ神経の信号を伝える重要な組織であり、背骨(脊椎)の中心を通っています。
その内部に空洞が生じると、神経が圧迫・変形して、手足のしびれや筋力低下、痛み、感覚の異常など、さまざまな神経症状があらわれます。
空洞の位置や大きさによって症状は異なり、主に頸髄(けいずい)〜胸髄(きょうずい)にできることが多いです。
進行はゆるやかですが、放置すると徐々に神経が障害され、手足の動かしにくさや感覚鈍麻(温度や痛みを感じにくくなる)が悪化することがあります。
脊髄空洞症は、原因によって「原発性(先天性)」と「続発性(後天性)」に分けられます。
原発性ではキアリ奇形と呼ばれる脳の形成異常が関係することが多く、続発性では外傷や炎症、手術後の癒着などが原因となります。
キアリ奇形とは
脊髄空洞症と深く関係しているのが、「キアリ奇形(Chiari奇形)」と呼ばれる脳の先天的な構造異常です。
これは、脳の後ろ側にある小脳の一部(小脳扁桃)が、本来あるべき頭蓋骨の下の境界を越えて脊髄側(後頭骨の穴=大後頭孔)に下がり込む状態を指します。
この下がり込みによって、脳脊髄液(のうせきずいえき)の流れが妨げられ、脊髄の中に液体が溜まって空洞が形成されやすくなります。
つまり、キアリ奇形があることで脊髄空洞症が引き起こされるケースが多いのです。
キアリ奇形にはいくつかのタイプがありますが、脊髄空洞症と関連が深いのはキアリI型奇形です。
このタイプは成人になってから症状が現れることもあり、「手のしびれや痛みが続く」「首を動かすと電気が走るような感覚がある」といった症状で気づかれることがあります。
脊髄空洞症の症状
脊髄空洞症では、空洞がどの高さの脊髄にできるかによって症状の出方が変わります。
最も多いのは頸髄(首のあたり)にできるタイプで、上肢の異常を訴える方が多くみられます。
主な症状は次のとおりです。
手や腕のしびれ・痛み
特に温度(熱さ・冷たさ)や痛みの感覚が鈍くなりやすいのが特徴です。
たとえば、熱いものに触れても痛みを感じにくい「解離性感覚障害」が起こることがあります。
筋力低下・筋萎縮
手指や腕の筋肉が徐々にやせて、ボタンを留める・箸を使うなどの細かい動作が難しくなる場合があります。
痛みやこわばり
肩・背中・腕・胸などに慢性的な痛みや張りを感じることがあります。
歩行障害・下肢のしびれ
空洞が広がると、足の動かしにくさや感覚の鈍さが出ることもあります。
脊柱の変形(側弯)
特に小児や若年者では、脊柱が湾曲する「側弯症」を伴うことがあります。
初期は軽いしびれや違和感から始まり、長期間かけてゆっくりと進行することが多いため、「疲れやすい」「肩こりが治らない」として経過観察されることもあります。
しかし、放置すると神経障害が進行して回復が難しくなることがあるため、早期の診断が大切です。
脊髄空洞症の原因
脊髄空洞症の原因は、大きく「先天性(原発性)」と「後天性(続発性)」に分かれます。
先天性(原発性)
胎児期の脳や脊髄の発達過程で形成異常が起こり、脳脊髄液の流れが乱れることで空洞ができるタイプです。
この場合、キアリ奇形が最も多い原因とされています。
ほかにも、先天的な脊椎の形成異常(脊髄係留症候群など)に伴って生じることもあります。
後天性(続発性)
以下のような要因によって脊髄が障害され、液体がたまりやすくなることがあります。
- 脊髄の外傷(交通事故や転倒による打撲など)
- 脊髄炎や髄膜炎などの炎症
- 脊髄腫瘍の圧迫や摘出手術後の癒着
- 脊髄手術・くも膜下出血後の循環障害
これらの後天的要因による空洞形成は、時間をかけて進行することが多く、数年〜数十年後に症状が現れることもあります。
脊髄空洞症の検査・診断
脊髄空洞症が疑われる場合には、神経学的な診察と画像検査(MRI)が中心となります。
神経学的診察
感覚の異常(痛覚・温覚の鈍さ)、筋力の低下、反射の異常、左右差などを詳しく調べます。
手足の感覚分布を確認することで、どの部位の脊髄が影響を受けているかを推定します。
MRI検査
診断の決め手となるのがMRI(磁気共鳴画像)検査です。
脊髄の内部に空洞が存在するか、その大きさ・範囲・キアリ奇形の有無などを詳細に評価できます。
MRIでは、空洞内にたまった脳脊髄液が明瞭に描出され、手術の要否や経過観察の方針決定にも役立ちます。
CT検査や脊髄造影検査
骨やくも膜の構造を確認する目的で行われることがあります。
また、髄液の流れを調べるためにCine MRI(シネMRI)と呼ばれる特殊撮影を用いることもあります。
脊髄空洞症の治療法
治療は、症状の進行具合や原因疾患の有無によって異なります。
大きく分けて、「保存的治療」と「外科的治療(手術)」の2つの方法があります。
保存的治療
症状が軽い場合や、空洞が小さく進行がみられない場合は、経過観察を行います。
定期的にMRIで変化を確認しながら、痛みや筋肉のこわばりを緩和する薬(鎮痛薬、筋弛緩薬など)を使用します。
また、リハビリテーションによって姿勢や筋肉のバランスを整え、神経への負担を減らすことも大切です。
ただし、痛み止めや理学療法では根本的な空洞の縮小は難しいため、進行例では外科的治療が検討されます。
外科的治療(手術)
手術の目的は、脳脊髄液の流れを改善して空洞への圧力を軽減することです。
原因によって手術法は異なりますが、主な方法には次のようなものがあります。
キアリ奇形に伴う場合
「後頭下減圧術(こうとうかげんあつじゅつ)」と呼ばれる手術で、頭蓋骨の一部と硬膜を開放し、脳脊髄液の通り道を広げます。
これにより、髄液の流れが正常化し、空洞の拡大が抑えられることが期待されます。
空洞が大きい場合
「シャント術(空洞ドレナージ術)」で、空洞内の液体を別の部位(くも膜下腔や腹腔など)に流す細い管を設置します。
ただし、再発やシャント閉塞などのリスクもあるため、慎重な適応判断が必要です。
腫瘍や外傷が原因の場合
原因となる腫瘍の切除や癒着の解除を行い、髄液の循環を回復させます。
手術後は、定期的なMRIフォローとリハビリを行い、神経の回復をサポートします。
早期に適切な治療を受けることで、進行を抑え、しびれや筋力低下の悪化を防ぐことが可能です。
よくある質問(Q&A)
脊髄空洞症は難病指定されていますか?
はい、脊髄空洞症は厚生労働省が定める指定難病(指定難病117)に含まれています。
この制度により、一定の条件を満たす場合には医療費助成の対象となります。
助成を受けるには、指定医による診断書の作成と自治体への申請が必要です。
申請手続きの詳細は、お住まいの地域の保健所や自治体の医療助成担当窓口で確認するとよいでしょう。
脊髄空洞症は遺伝しますか?
多くの方の場合、脊髄空洞症は遺伝によって起こるものではありません。
ただし、ごく一部のケースでは、家族の中に同じ疾患を持つ方がいることが報告されています。
そのため、体質や遺伝的な影響が一部関係している可能性はありますが、
はっきりとした遺伝形式があるわけではありません。
現時点では、遺伝だけが原因で発症する疾患ではないと考えられています。
脊髄空洞症は完治しますか?
残念ながら、脊髄空洞症を完全に治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、外科的治療によって髄液(ずいえき)の流れを改善し、
神経への圧迫を和らげることで症状が落ち着くことがあります。
痛みやしびれなどの症状が軽減し、日常生活を維持できるようになる方も少なくありません。
大切なのは、早めに専門医を受診し、症状の進行を防ぐ治療や定期的な経過観察を続けることです。
脊髄空洞症になったら気をつけることは?
脊髄空洞症の方は、神経に負担をかけない生活を心がけることが大切です。
以下のような点に注意しましょう。
- 首や背中に強い衝撃を与えない(転倒や激しい運動を避ける)
- 感覚が鈍くなっている部位では、火傷やけがを防ぐ工夫をする
- 長時間同じ姿勢をとらず、こまめに体を動かす
- 咳やくしゃみを繰り返すと一時的に痛みが強まることがあるため、無理をせず休む
- 症状の変化を感じたら、早めに主治医へ相談する
また、医師の指示のもとで定期的にMRI検査を行い、空洞の大きさや症状の経過を確認することも大切です。
脊髄空洞症になって現役復帰したアイドルはいますか?
はい、脊髄空洞症を公表し、手術ののちに現役復帰された芸能人もいらっしゃいます。
AKB48の柏木由紀さんは、2021年に脊髄空洞症と診断され、手術を受けたことを自身のSNSやメディアを通じて公表しました。
柏木さんは、定期的な健康診断で異常が見つかり、医師の勧めにより手術を受けられました。
術後はしばらく休養期間を設け、リハビリを経て、現在はAKB48のメンバーとして再びステージに立ち、芸能活動を続けておられます。
この事例は、脊髄空洞症であっても、適切な治療と休養を行えば社会復帰が十分に可能であることを示しています。
大切なのは、無理をせず体の回復を最優先にし、主治医と相談しながら治療や経過観察を続けていくことです。


















